書棚から一冊

 虫の本を読んでいて思い出した。

 雑誌の編集で随分たくさんの大学の先生にお目にかかる好機に恵まれた。文系理系を問わず興味深い話を聞かせてくれる方が多く、今振り返ってもつくづくいい仕事をしていたと思う。話が面白いのは理系の先生が多かった。私はインタビューの時に子供時代のことを必ず聞くようにしていた。どんな子供だったのかに興味があったからだ。その中で不思議なくらい先生方に共通していたのが「子供時代に虫取り網を持って野山を駆けまわっていた」ことだ。「楽しくて時間を忘れた」とも言う。その経験がいったいどんな人間性を育んだのだろうか。

 私は”感受性”だと思っている。自然を観察することで得られる能力と言ったらいいのだろうか。どこに行けば虫が居るのか、虫たちはどんな生き方をしているのか、そして、時を忘れて野山を走り回っても方角を見失わない判断力などなど。自然が教えてくれることは山ほどあるのだ。

 さらに彼らは、より多くの事を知るために図書館に籠もる。本は多くの知識を与えてくれ、心を豊かにしてくれる。残念ながら最近の出版物は実利的な内容のものばかりが目立つ。それらの多くは心を豊かにするものではない。

 そのためだけではないだろうが、近頃、大学に免許・資格の取得などの実利を求めて来る学生が多い。書物を繙き、未知の分野に思いを馳せ、心を豊かにする、そのために大学に入ってくる学生は居なくなってしまったのだろうか。そういえば、大学の教養学部や学科はすっかりお目にかからなくなってしまった。大学は本来、実利を追及するだけの場ではなかったはずなのだが。

 ともあれ、大学を目指している諸君は、おおいに本を読んでほしい。大学では資料を読んだり論文を書いたりするのですぞ。「では、どんな本を読んだらいいのか」というのは恐ろしく難しい質問だけれども、私の前にある書棚から一冊紹介しておこう。

 『いま、こころを育むとは──本当の豊かさを求めて』(山折哲雄 小学館101新書)

 え?「冒頭の虫の本は何か」だって? それは、無視してください。

by MATSUTANI